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貞享義民社

“二斗五升” 今に伝える義民の声―貞享義民社

今を去る300余年前の貞享3年丙寅の年、松本藩下で百姓一揆なる「貞享騒動」が勃発した。

当時、松本藩の年貢は他の藩に比べて厳しく、籾一俵が米二斗五升挽きであるのに対して、三斗挽きを命じ、不作の年に於いても「のぎ踏磨きと三斗四・五升挽」を厳命してきたのである。

この苛酷な年貢に苦しむ農民を身を挺して救おうと立ち上がったのが、多田加助を首領とする同志であった。中萱の権現の森で密議し、「二斗五升挽の要求など五ヶ条の訴状」を郡奉行へ。この企てが村々へと伝わり加勢しようと城下へ農民達が押し寄せたのが騒動の始まりであった。

一度は聞き入れられた訴状であったが、その後騒動を扇動した罪により首謀者とその子弟子28人が捕らえられ、11月22日処刑されたが、加助は最後に城をにらみ”二斗五升”を絶叫しつつ息絶えたと伝えられている。

貞享義民社
  • 貞享義民社は多田家の祭神として貞享騒動50年目の亨保20年に建設された。例祭は春・秋2回行われている。

    貞享義民社は多田家の祭神として貞享騒動50年目の亨保20年に建設された。例祭は春・秋2回行われている。

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