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旧 野麦街道

文化、物資の交流また工女の足跡 県史跡―「旧 野麦街道」

飛騨高山から野麦峠を越えて、松本市奈川寄合渡、境峠を通り木曽の薮原に出るまでを呼ばれた「旧野麦街道」。

江戸時代には、奈川十ヶ郷(現松本市奈川)で尾張藩から「尾州岡舟」の鑑札を受けた牛方と飛騨高山のボッカによって、信州からは米や清酒を、飛騨からは曲物と白木、「飛騨鰤」などが運ばれた道でもあった。

1871(明治4年)の廃藩置県で、飛騨国は筑摩県に編入され、県庁(松本市所在)と支庁(高山市所在)とを結ぶ連絡路として、また岡谷・諏訪地方の製糸業の盛んな頃は工女の往来する道でもあり、現在では「野麦峠祭り」が開かれ、当時の工女たちを偲んで記念山行が行われている。

野麦峠からワサビ沢までは、当時の街道の面影をよく留めており、その歴史とともに貴重であり長野県史跡に指定されている。

野麦峠では年1回、県史跡の指定区域約1.3kmの街道において記念山行が行われる。

野麦峠では年1回、県史跡の指定区域約1.3kmの街道において記念山行が行われる。

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