ホーム > あづみ野めぐり > あづみ野地域マップ > 歴史・文化 > 小岩嶽城址

小岩嶽城址

悲運な最後を迎えた古厩氏の宿城 市史跡 ― 「小岩嶽城址」

安曇野市穂高有明小岩嶽にあり市史跡に指定されている「小岩嶽城址」。城は中世の古厩郷の領主古厩氏の宿城と考えられ、城域は現在の小岩嶽地区も含めた広範囲とされており、今も同地区内には空堀の一部と地割が見られている。

本郭は約1平方キロ、その平は南北135メートル、東西40メートル、北に天満沢、南に富士尾沢と空堀を控えた自然の要害となっている。

高白斎記によると、天文20年(1551)、武田晴信の軍勢に攻められ放火された。翌年には再び攻撃され、城主は自害し落城したと伝えられている。

また、このときの戦いの様子は、勝山記(妙法寺異事ナシ)に「打取る首五百余、足弱(婦女子・老人)を打取ること数を知らず」と悲運な最後がしるされている。

小岩嶽城址
  • 小岩嶽城址を後世に伝え残すために整備された同城址公園に「砦門」や安曇野を一望に見渡せる「のろし展望台」などがある。いずれも後世の平城をイメージして同町が建造したもので、実際の砦門は、規模の小さいものだったとされている。

    小岩嶽城址を後世に伝え残すために整備された同城址公園に「砦門」や安曇野を一望に見渡せる「のろし展望台」などがある。いずれも後世の平城をイメージして同町が建造したもので、実際の砦門は、規模の小さいものだったとされている。


pagetop